「男性に本音を聞いた」というデタラメ その2 ― 日経Woman「「重い女」と思われないためにはどうすれば」

 日経Womanの桃山商事が担当する記事の多くは男性の本音といってよく、たいてい共感できる。しかし前に、「男性はやはり若い女性が好きなのか?」を読んで、「これはひどいから訂正しないと」と思った。ところがもっと目に余る記事が出た。2014年1月31日の「『重い女』と思われないためにはどうすれば」である。これは前回の、Allaboutこれが男子の本音!~「婚約指輪」僕らはこう考える~」に匹敵するくらいひどすぎる。これも、私は読んで怒りに震えた。

 

 

 

 趣旨としては、「女性が恋人の携帯を見るのは、そのように不安にさせる男が悪い、女性は悪くない」と、男性たちが結論づける、というものだ。

 

 バカも休み休み言え。マジで恥を知れ。というか、これを本当に桃山商事の男性たちが書いた(話した)のなら、お前たちは社会にとって有害だから二度と表を歩くな。

 

 

 

 実際に浮気性の男性も多いし、女性が不安になることについて「それは恋人である男性が悪いよ」というケースももちろんある。

 

 しかしそもそも、仮にそうだとしても、恋人の携帯を勝手に見ることが許されるわけではない。「自分が不安だから」「携帯を見てもいいよね」「携帯を見せないのは、やましいことがあるからだよね」と主張するとか、生きてて恥ずかしくないのか。「人のものを勝手に触っちゃいけません」と、幼稚園で習わなかったのか。

 

 それに加えて、たいていの場合は「そもそもそういうケースではない」のだ。これは常識だが、恋人の携帯を見るような女は多くの場合、「相手がどんな誠実でも、必ず不安になる」ようなタイプだ。相手が誰であれ、不安になって携帯をチェックしたがる女性である。それなのに「不安にさせる男が悪い」とは、どれだけその倫理観の破綻した女性側に都合のいい論理なのだろうか。

 

 恋人の携帯を勝手に見て、それを責められると「だって不安なんだもの!」と逆ギレする、そのような一片の倫理観もない女性(別に男性だって同じだが)は、純粋に人として気持ち悪い。どういう人生を送ってきたんだ、と思う。

 

 

 

 たとえば、「勝手に日記を見る」というのはどういう状況であれ許されない。当たり前の話だ。携帯電話はメッセージをやりとりする相手方がいる(つまり恋人のプライバシーだけの問題ではない)からなおさらである。こんなのは当然の常識であって、これがわからない人はもはや家の外に出ないでいただきたい。1日中「2ちゃんねる」に、バカなことを書きこむだけの人生を過ごしていただきたい。外に出て来られると迷惑なのだ。

 

 日記や携帯を見るのは、「決定的な浮気の証拠を押さえる」ための最終手段である。もし浮気の証拠がなければ、勝手に携帯や日記を見たことを理由に相手から別れられる(損害賠償も求められる)と覚悟した方がよい。

 

 

 

 別れ際に「重い女だ」というのは、もう少し説明すれば次のようになる。

 

「こちらは君を十分に大切にしているにもかかわらず、君から無用な束縛をされるから、人生の楽しみが減る。勝手に嫉妬したり、あろうことか携帯をチェックされたりしたことで、君が『自分の嫉妬などの気持ちだけを優先して、その結果俺がどう思おうとまったく意に介さない』女性であるとわかった。まともな倫理観も持ち合わせておらず、相手を尊重もできない、そういう人だから、君とは無理だ。」

 

 ここまで徹底的に否定するわけにもいかないから、「重い女だ」とだけ言うのである。むしろ男性側の優しさだと思うのだが。

 

 たとえば恋人女性の束縛をやめさせようとした、ある私の友人は、彼女にこう言って説得したそうだ。「もちろん友達より君の方が大事だが、俺にとっては昔からの女性の友達も大事だ。彼女らと仲良くしても君への思いが減るわけではまったくない。彼女らとのこれまでの付き合いの中で、俺も彼女らもそもそもお互い恋人がいない時期もあったのに、別に何も起こらなかった。別に恋人になりたいとも思わなかったし、思わないし、思ったことがない。今は逆にお互いにそれぞれ恋人がいるにもかかわらず、そんな友人とあえて浮気をするわけがないだろ? 何のメリットもないし、君を失うというリスクがあるんだから、どう考えてもあり得ない。」

 

 ここまで言ってもわかってもらえず、「不安だから」と女性の友人たちと会うのをやめさせようとした恋人に、私の友人はしばらくして嫌気がさして別れを告げた。そりゃそうだろうと私も思った。

 

 

 

 やましいことを一切していなくても、むしろ「一切していなければしていないほど」、相手が「その日の行動を根掘り葉掘り聞く」といった頭から自分を疑ってかかる行動を取ることは、不快以外の何物でもない。一般に、「重い行動」は誰に対しても不快だと思うのだが。日経Womanの記事で書くべき正しいアドバイスは、「重い行動は相手を不快にさせます。相手のせいにしても何のメリットもありません。相手が(相手の心が)離れていくだけです。自分を律して、重くならないように気を付けましょう」だろ?

 

 恋人である女性を束縛し、携帯をチェックし、むしろ携帯の中の男性の連絡先をすべて消させる男もいる。まさに「重い男」で、普通は不愉快、というより「人としてあり得ない」レベルだが、男がそういう行動に出た時に、女性側が「あなたを不安にさせてごめんなさい。でも、信じてもらえないのは悲しい」と言うべきなのだろうか。ちょっと受け入れがたいと思うのだが。

 それとも、「男が女性を束縛するのは男が悪い。女性が男を束縛するのは男が悪い」という理屈だろうか。だとしたら、「生きてて恥ずかしくないんですか」としか言いようがない。

 

 

 書いたとおり、婚約指輪の記事の筆者はジュエリー業界からお金をもらっているのだから、(恥を知るべきということに変わりはないが)ウソ八百とは言えああいう記事になる理由はわかる。また、同じ日経Womanの「男性はやはり若い女性が好きなのか?」の記事は、日経Womanの対象読者層がまさにアラサー・アラフォーの女性たちだから、(欺瞞であるとはいえ)「ええ、男性はやはり若い女性が好きです。30歳を超えると結婚の対象から外れていきます。」というふうに書きにくいということもわかる。

 しかし今回の、「『重い女』と思われないためにはどうすれば」は、「どんなに不安であれ、携帯を覗き見するような人は終わってます」という正しいことがなぜ書けないのか、その理由がわからない。日経Womanの対象読者層は、恋人の携帯を覗き見してしかもそれを悪いことだと思わない、覗き見するのは男性側が悪いからだと自分を正当化する、一かけらの倫理観もない救いようのない女性たちばかりなのだろうか。それはさすがに、読者の女性をバカにし過ぎなのではないだろうか。おそらく、日経Womanの編集部がそういう女性で溢れかえっているのだろう(冒頭にはああ書いたが、私としては、桃山商事の男性たちが進んで「女性が恋人の携帯を見るのは男性側が悪い」と主張すると信じることはできない)。だとすれば感想はただ一つ、「日経Womanの編集部は終わってるなあ。全員替えた方がいいんじゃないか」ということだけである。