日本の財政に関する誤解をつぶします。

  ちょっと前に、政府財政の現状について、概要以下のようなわかりやすい例え話(一般家計に例えたもの)が話題になっていた。

  ……(父と母の)収入の合計は595万円だが、支出(歳出総額)は963万円で収入の約1.6倍。最近体調が悪いおじいちゃんの介護や医療費(社会保障費)に315万円かかる。地方にあるお母さんの実家はアベノミクスの効果が波及していないようで、仕送り(地方自治体への財政支援)が155万円必要だ。最近は地震が多いし、自宅の耐震工事(公共事業費)に60万円をかけるつもりだ。物騒な世の中なので、最新の警備システム(防衛費)も50万円で導入する。これまでの借金の返済費用(国債費)は235万円かかる。2人の収入だけではまかないきれないため、お父さんは銀行から新たに369万円を借りる(新規国債発行)。これまでの借金の合計はすでに1億円を超えている。(中略)2015年度予算案の収入と支出について、1兆円を10万円に置き換えて、一般家庭の家計にたとえた。(日経新聞電子版2015年1月14日「一般家庭にたとえると…収入595万円、新たな借金369万円」。 なお、調べてみて今気づいたが、この例え話は日経新聞の手柄ではまったくなく、財務省が最初から公開していた(財務省HP「我が国財政を家計にたとえたら」)。まあちゃんとマスコミが報じることに意味がないわけではないが。)

  悠久の昔より財務省が繰り返し警告しており、かつ誰もが知っているとおり、日本の財政はこういう状況である。これにさらにいくつかの事実を加えよう。
  その1。「無駄をなくせば増税なんか不要です」と主張する人は多いし、あろうことかそう主張する政党すらある。しかし、上記のおじいちゃんの介護費・お母さんへの仕送り・耐震工事・警備システムだけで580万円かかっており、そこにこれまでの借金の返済費用235万円が加わって815万円になるわけだ。収入は595万円であるのにだ。で、聞きたいのですが、無駄ってどれのことですか? 借金の返済費用ですかね? まあそれを削れば(要するに国債デフォルトですが)国内の金融機関がすべて潰れるとともに、二度と国際社会から相手にされなくなるので、やめた方がいいじゃないでしょうか。
  その2。「景気がよくなれば、増税なんか不要です」と主張する人は多いし、あろうことかそう主張する政党すらある(同じだな)。しかし、この家計のこれまでの収入の最大額は、バブルまっさかりの602万円(1990年)だった。これは増税前の数字だから、まあ今の税レベルならざっと700万円くらいだろう。……それでも支出の総額に250万円以上足りないわけである。そして借金の総額が1億円を超えている状況は変わらない。
  その3。2014年衆議院総選挙に際して、どこかの野党の主要人物(例えば橋下徹)などが「公務員の人件費25兆円を2割減らせば5兆円うく。じゃあ増税は不要です!」などと主張していた。この25兆円とは、自衛隊や、警察・消防・学校の教員などの地方公務員を含めた全公務員の人件費である。……書こうとして、地方分も含まれているために上記のたとえに当てはまらないことがわかったが、誰でもわかる一般論で非難しておく。全公務員の数はざっと340万人であり、うち自衛隊27万人、警察28万人、消防16万人、教員103万人、これだけで過半数を占める。「人件費を2割減らす」ためには、常識で考えれば仕事を2割減らさなければならない。「治安が悪くなってもよいから、警察を2割減らそうではありませんか」「尖閣諸島は放棄して、自衛隊を2割削りましょう!」と主張するのならわかる。後は国民の判断に委ねればよい。あるいは、自衛隊やら警察やらは減らさずに、一般行政事務の4割を減らすということだろうか。4割って結構大きくないですかね。たとえば、皆さんの会社で「仕事を4割減らすことにします」となったら、それってもう違う会社になりませんか? 一般行政事務を4割も減らすと主張するなら、「これとこれをなくします」と、たとえば「予算編成という概念をなくしますし、国民からの電話も受けません」と(これだけでは5%も減らないと思うが)具体的に挙げてもらわないと話にならないわけである。そういうこともせず、「人件費を2割減らします!」というお話にもならない問題外の主張を、あの政党は選挙の公約に掲げたわけである。「国民がナメられている」としか言いようがない。
  ついでに書いておく。よく「財政が厳しいのだから、公務員の給料は引き下げて当然」という主張をする人がいる。財政が厳しいのは公務員のせいではない。繰り返し述べているとおり、財務省が悠久の昔から警告してきている中、「借金をして乗り切ろう」という判断をしてきたのは財務省でなく国民である。また、上記の家計の例えで、実際の家計と異なるのは、収入を増やすための手段が「増税」しかないということである。(そもそも「市場の失敗」の部分を担うのが政府の役割である以上、政府は民間企業のように「ものを売って」儲かることができないのだ。)「財政が厳しければ公務員の給料を引き下げればよい」と主張する人は、論理的には、巨大な増税をして(たとえば消費税35%への引き上げ等)財政が好転すれば、それを理由に「公務員の給料引き上げ」を認めなければならない。それを認めることってできましたっけ。それに反対する人は、要するに「公務員の給料をどんどん切り下げた方が、納税者としては得ですね」と言っているにすぎないのだ。

  上記の家計の例え話の方がわかりやすいならそれでいいのだが、私が言いたいのは、「無駄をなくせば、景気が回復すれば、公務員の給料をちょっと下げれば、増税しなくてもいいんです!」という、事実に反した幻想にしがみつくのはそろそろやめましょうよ、ということです。その幻想に固執すれば、待っているのはハイパーインフレなんですよ。消費税を20%とか払うのと、たまねぎ1つを47万円とかで買う世の中と、どちらがいいんですか。
  前に触れたが、日銀はハイパーインフレを避けるために極めて危険な賭けをしている。日銀が好き好んでそんなことするわけないだろう。日銀にそのようなほとんど勝ち目のない大ばくちを打たせているのは、他でもない国民である。